マセラティをどこより高く売るための、たった1つの方法と戦略とは?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
The following two tabs change content below.
樫山一太郎

樫山一太郎

輸入車専門ライター
某有名輸入車専門雑誌に関わって10年、輸入車マニアのライターです。これまで乗り継いできた輸入車は個人で30台以上。雑誌の仕事にかこつけて、毎年輸入車のコンペティションや新車発表会に顔を出してはウハウハの輸入車三昧ライフです。個人的な好みはF458。

「継続車検」と「愛車の買換」どっちがコスパ有利?
車種や年式によっては車検を継続するよりも愛車そのものを買い替えたほうがリーズナブルな可能性があります。
継続車検を受ける前に、まずは愛車がいくらで売れるかの査定額を無料調査を必ず行い、車検と買換えどちらが得かを調べておくべきです。 しかも今の時期は車が高く売れる! 
無料査定をした後で、車検をするか、買い替えるかを決めることをお勧めします。

 ※無料査定をしても必ず車を売却する義務はないので安心です。 

◆STEP1:まず車検前に買取り価格を無料調査(査定額相場をいますぐ表示

◆STEP2:車検の最安価格を調べて車検と売却どちらが得か比較


車検が切れる前のタイミングの方が買取り査定額は高額になりますので、比較検討はお早めに済ますことをお勧めします。

売却前の予備知識:イタリアンテイスト溢れるスポーツカー「マセラティ」を知る

イタリアには、フェラーリやランボルギーニ、そして、イタリア最大の企業であり世界有数の自動車メーカーであるフィアットなど、名門と言われる高級自動車メーカーがいくつもあります。そして、マセラティもその中の一つです。なお、表記については「マセラッティ」や「マセラーティ」などの記し方がありますが、ここでは「マセラティ」と記します。

マセラティ(Maserati)は、1914年にイタリアのボローニャで設立されたスポーツカーメーカーです。創業当初はクルマのチューニングなどを手がけていました。

創業者はマセラティ家の兄弟たちです。機関士だった父親のもとに産まれた7人兄弟のうち、長男カルロ・マセラティは、父親の影響を受けて自動車工場で働く、いわゆるクルマ好きの若者でした。自動車の構造に興味津々で、自分が設計したエンジンを搭載したバイクでレースに参加するといった、アクティブな青年だったと云われています。その他の兄弟も働きだすと、エンジンや設計、製造の仕事に就きます。

長男のカルロは、勤めていた自動車工場が閉鎖されることになり、大手自動車メーカー、フィアットで働き、さらに当時あったイソッタ・フラスキーニという自動車メーカーで整備士兼テストドライバーを経て、航空機エンジンを開発する自分の会社を立ち上げます。しかし、疾病により1910年に死去してしまいます。

兄の志を引き継いだのは、カルロの誘いでイソッタ・フラスキーニで働いていた4男の弟アフルフェーリでした。

アフルフェーリは、兄と似た積極的な性格と技術者・レーシングドライバーの資質を合わせ持つ有能な人物でした。その彼と弟のエットーレ、エルネストの3人が1914年に設立したのがマセラティの前身となるアフルフェーリ・マセラティ工房という会社です。

会社設立後、すぐに起こった第一次世界大戦で事業の継続は困難になりましたが、終戦後にビジネスを再開したアフルフェーリは、ワークショップや倉庫、そして家族が暮らすための住居を作り、自動車メーカーとしてのインフラと生活基盤を整えることに注力しました。事業は主にパートナーシップ企業との関係を重視したものとして、エンジン開発を中心に行います。

1925年、マセラティ兄弟は、親交の深い侯爵ディエゴ・デ・ステルリッチの支援で他社から10台のベースカーを買い取り、自社でのスポーツカー開発の足がかりとします。しかし数年後、再びマセラティ家に悲劇が起こります。長男カルロの死後、マセラティ兄弟の中心的存在だったアフルフェーリが病死してしまったのです。それは言わずもがな、マセラティ家、会社ともに大きな損失でした。しかし、兄の死をきっかけに会社に加わったのが、先に亡くなった長男カルロも在籍していたイソッタ・フラスキーニで働いていたビントです。

こういったことからもわかるように、マセラティ家及びマセラティ社は、不幸が起こるたびに兄弟が助け合うという構造があったのです。現代的な核家族化とは逆の家族の繋がり。もし、こういった家族同士の助け合いがなければ、今のマセラティは存在しえなかったでしょう。

その後のマセラティ兄弟は、レース活動を中心に展開しますが、経済的に困難な環境に見舞われます。そして、アフルフェーリ死後から5年後の1937年、資本家のアドルフォ・オルシに経営権を譲渡することになったのです。しかし、マセラティ兄弟は会社を去ることはせず、10年間の在籍契約を結び、その後も兄弟それぞれの専門分野で活動を続けました。

ちなみに、資本家のオルシという人物は、当時のイタリアでは「オルシ帝国」と呼ばれるほどさまざまな事業を行っていて、その規模は工作機械はもとより、サービス業や鉄鋼業まで営む、今で言うところの持ち株会社のような存在です。つまり、オルシは有能なビジネスマンではあるけれども、自動車メーカーとしての技術的な能力は専門外だったわけです。それを補うためにマセラティ兄弟を残したということなのです。なお、マセラティの歴史を述べる際には、この時代を称して「オルシ・マセラティ」と呼ばれることもあります。

そのオルシ・マセラティ時代最初のレースカーが1938年に発表された「8CTF」です。

このマシンはアメリカの有名レースであるインディアナポリスで連勝を果たすなど、優れたイタリア車としての名声を手中にします。

その後、第二次世界大戦の影響を受け、マセラティ社はボローニャからモデナへ移転します。その際には、事業のすべてを一箇所に集中させました。これは、事業運営の合理化を図ったものと思われます。

そして、50年代半ばまで、マセラティはフェラーリの最大のライバルとして、レース中心の活動を行ないつつ、市販車についてはオーダーメイドによる少量生産を行っています。

1946年のジュネーブモーターショーで発表されたのが、「初のグランツーリスモ」と呼ばれる、マセラティ「A6」です。このモデルはレース車ではなく、日常で使うためのクルマ、すなわちマセラティが始めて作った「レース専用車ではなく、長距離移動に適う乗り心地を意識したクルマ」(=グランツーリスモ)だったわけです。そして、1948年には、当時から著名なデザイナーであったピニンフォリーナのデザインによるA6の1950年モデルが発表されました。なお、これらA6のプロジェクトはマセラティ兄弟の置き土産のようなもので、創業家の一族でありながら、これを最後に会社を去ることになり、兄弟たちはボローニャでレースカー設計と開発を専門とする新会社「OSCA」を立ち上げます。

ここでマセラティのロゴについて触れておきましょう。

創業の地であるボローニャには、街の名所のひとつとして「ネプチューンの噴水」がありました。ローマ神話の神であるネプチューンが持っていた三つ又の鉾(ほこ)、これがマセラティのロゴのモチーフになっていると言われています。なお、デザインしたのはマセラティ兄弟の中の一人、マリオだったということです。そして、もうひとつのモチーフは創業者のアルフィエーリ・マセラティ、弟のエットレ、エルネストの3人の結束を表したデザインだとも云われています。日本にも「三本の矢」のエピソードがありますが、それと似たような由来を感じてしまいますね!

マセラティ兄弟が去ったマセラティは、これまで通りにレースを中心にした活動を重きつつも、市販車の開発にも力を入れていきます。

なお、1950年は、今なお人気の高いF1の基となるレースが誕生した年でもあります。それゆえに、50年代のスポーツカーは、完全なスピード偏重主義。それに加えて、高価で居住性も悪く、信頼性も高いとは言えないクルマばかりでした。そうした状況を打開するために、マセラティは「速く、そして安心して乗れるグランツーリスモ」というコンセプトを掲げ、開発計画を進めたのです。そして、1954年、初のF1レースが開催されました。

そして、1957年にジュネーヴモーターショーで発表されたのが、マセラティ初の量産車「3500GT」です。こういった先見性も含め、いかにも順調に見えるマセラティでしたが、3500GT発表の翌年以降、経営状態は次第に悪化します。そんな中、1963年のトリノーモーターショーで発表されたのが、今後マセラティの主力モデルとなる「クアトロポルテ」です。ちなみに初代クアトロポルテの日本への輸入は数台のみです。

クアトロポルテのような長寿モデルを作ったマセラティ社でしたが、事業の経営は厳しいものがありました。

1965年にシトロエン傘下に、1993年からはフィアット傘下に収まることとなったのです。ライバル他社の配下となった間のマセラティは、1966年のトリノモーターショーで「ギブリ」を、1971年には「ボーラ」を、そして、1972年のジュネーブモーターショーでは「ブーメラン」を発表します。それらのモデルの中には、著名なデザイナーであるジウジアーロが手がけたものも含まれます。

1970年代のマセラティには、名誉な出来事がありました。クアトロポルテロワイヤルという特別仕様車が、イタリア大統領の公用車に採用されたのです。当時の大統領はペルティーニ。大統領とマセラティ、両者の良好な関係は1985年まで続いたと云われています。

1980年代、他社傘下のもとであってもマセラティ車は際立った動きを見せました。例えば、そのエレガンスなスタイルをもつクアトロポルテは、数多くの映画で使われていました。また、ビトゥルドは80年代らしい角張ったデザインの美しさと高いパフォーマンスで羨望を集める存在となりました。なお、このビトゥルドはマセラティ車のなかで最も多く生産されたクルマで、1982年の初代モデルから1993年の最終モデルまで、約37000台が生産されたとされています。その1993年の幕開けは、マセラティにとって大きな転機のひとつとなりました。

1993年、この年にマセラティは、フィアットグループの傘下に収められることになったのです。この時すでにフィアットグループの傘下にあったフェラーリによって買収されたのです。なお、買収は二段階で行われたとされていて、1999年に完了したと云われています。

この買収が意味するものは、これまでのライバル関係であったフェラーリが身内になるということ。このセンセーショナルな話題は、両社のお膝元であるモデナが騒然となったと云われています。

マセラティにとっての1990年代は、さぞ混沌としていたのでしょう。市販車は、94年に4代目クアトロポルテ、92年に2代目ギブリと、モデルチェンジを中心にした事業展開になります。ニューモデルといえば、1990年に発売された「シャマル」と1998年に発売された「3200GT」など、数えるほどです。

しかし、3200GTは撤退していたアメリカ市場への復活の布石となります。ジウジアーロがデザインした流麗なスタイリングとアメリカの基準をクリアする高品質な仕上がりは、マセラティの復活を強く印象付けるものでした。さらに、2003年のフランクフルトモーターショーで発表された5代目クアトロポルテは「究極のイタリアンデザイン」と呼ばれるほどの仕上がり。デザインを手がけたのは、マセラティと疎遠になっていたピニンフォリーナです。彼のマセラティへの復活もまた、新しい時代へ向かうマセラティの後押しとなったのです。

2000年代のマセラティは、レース分野でも目まぐるしい活躍を見せます。また、市販車においては、2007年のジュネーブモーターショーで発表された「グラントゥーリズモ」(3200GTの派生モデルである「クーペ」の後継モデル)はまず、モータージャーナリストをはじめとする報道関係者から高い評価を得ました。そして、数多くの受注を勝ち取ることに成功しました。

さらに、2013年、上海モーターショーで発表された3代目「ギブリ」は日本国内でも販売を開始。それまでは1000万円超だった価格が「ギブリS」は967万円とマセラティ車としては低価格だったこともあり、その販売戦略が大きな話題となりました。言わずもがな受注量は増え、マセラティ車の中で最も成功したモデルの中の一台となったのです。

マセラティ系列ディーラーの車検費用は高い?車検代を安くする方法は?
マセラティ車に乗っている方で車検を受けようと考えている場合、まず依頼先の候補に上がるのは購入した店舗か、近所のマセラティディーラーだ...

マセラティの日本での取り扱い

マセラティの輸入は、マセラティ本社の子会社として2014年に設立された、日本法人マセラティジャパンが行っています。また、販売は全国の正規販売代理店が行っています。

2015年の日本におけるマセラティの新車登録台数は、1,425台、台数順位では23位で、シェアは約0.44%です。これは、2014年よりも25台増えています。また、2016年の日本国内の登録台数は1318台。内訳は、ギブリが過半数を占め、クアトロポルテ、レヴァンテが続きます。レヴァンテはSUVモデルですが、バックオーダーを抱えるほどの人気ぶり。今後の中古車市場は、これらのモデルが中心となるはずです。

なお、マセラティの現行モデルは、6代目となる4ドアスポーツセダン「クアトロポルテ」、2ドアスポーツクーペ「グラントゥーリズモ」、グラントゥーリズモのオープンカーである「グランカブリオ」、4ドアスポーツセダン「ギブリ」、マセラティ初のSUV「レヴァンテ (Levante)」です。

マセラティ レヴァンテ(MASERATI LEVANTE)を売りたい人、車検を通す人へ|車検費用相場と下取り・買取・査定相場、燃費、維持費情報
車検相場、買取査定相場、燃費、維持費 愛車の「マセラティ レヴァンテ」を車検を通してまだ乗り続けるか、それとも、売却して新しい車に乗り...

マセラティの買取相場&高値で売るコツ

マセラティの売却に際し、お奨めする順番として、まずは正規ディーラー、次いで高級輸入車専門の買取業者となります。これは、他の高級車同様に、スペシャルなクルマはその価値を理解してくれる売却先が最もふさわしいということ。つまり、上記したマセラティの歴史のすべてを知っているわけではなくとも、概略を知っているだけでも売却価格の差が出るはず、という考え方です。加えて、せっかく大事にしてきた愛車ですから、ただの”モノ”として扱われるのは、いささか寂しいもの。マセラティは波瀾万丈の歴史を辿りましたが、愛車はスムーズに売りたいですからね!

さて、マセラッティを高く売るコツですが、同じイタリアンスポーツカーの括りでも、フェラーリと比較して、ファミリーユースの需要もあるようです。需要の幅広さは、売る側のメリットです。

実際に市場に流れているクルマも、同じモデル、同じ年式であっても走行距離の多少など、程度の差にばらつきが見られますから、査定額も一概に言えないのが現実。

ひとつの見安として、1999年式クアトロポルテを例に考えてみましょう。走行距離は8.1万キロで車検の残なし、色はシルバー。中古車販売店の車両本体価格は78万円となっています。このクルマの買取額を推測しますと、15~20万円台といったところでしょう。高値とは言えない買取額です。一方、同じクアトロポルテの2000年式で走行距離は9.4万キロで車検残なし、色は白。中古車販売店の車両本体価格は115万円となっています。買取額を推測しますと、40~60万円台といったところでしょう。両者の買取額は2倍以上なわけですが、その違いは色と年式だけ。その年式も1年違いですから、売却するなら後者の販売店を選ぶべきなのです。

これは一つの例ですが、マセラティ車の場合は、やはり販売店によって買取額の差が大きく出る車種と言えるでしょう。また、マセラッティの場合は、修復歴のあるなしが買取額に大きな影響を及ぼす傾向が見られます。

これらを総合して考えると、元は高額なマセラッティ車ですが、一般的な中古車買取店の場合は買取額は低めに設定されているようです。そういった店にとって、マセラッティ車はあまり好まれてはおらず、売りにくいクルマという扱いになっていると思われます。

以上の理由から、一般的な中古車買取店では査定額に納得できないケースが多いはず。なのでやはり、マセラッティを売るなら、正規ディーラーか高級輸入車専門、この2択がベターではないでしょうか。

2017年4月時点のマセラティの中古相場では、「クアトロポルテ」「グラントゥーリズモ」「ギブリ」といったところが流通量も多く、需要も見込めますので売却が可能です。

マセラティ グランツーリスモ(MASERATI GRANTURISMO)を売りたい人、車検を通す人へ|車検費用相場と下取り・買取・査定相場、燃費、維持費情報
車検相場、買取査定相場、燃費、維持費 愛車の「マセラティ グラントゥーリズモ」を車検を通してまだ乗り続けるか、それとも、売却して新しい...
マセラティ クアトロポルテ(MASERATI QUATTROPRTE)を売りたい人、車検を通す人へ|車検費用相場と下取り・買取・査定相場、燃費、維持費情報
車検相場、買取査定相場、燃費、維持費 愛車の「マセラティ クアトロポルテ」を車検を通してまだ乗り続けるか、それとも、売却して新しい車に...
マセラティ ギブリ(MASERATI GHIBLI)を売りたい人、車検を通す人へ|車検費用相場と下取り・買取・査定相場、燃費、維持費情報
車検相場、買取査定相場、燃費、維持費 愛車の「マセラティ ギブリ」を車検を通してまだ乗り続けるか、それとも、売却して新しい車に乗り換え...

気になる中古車の買取相場はというと、走行距離や車の状態、オプションにもよりますが、「クアトロポルテ」の場合、平均600万円くらいです。また、「グラントゥーリズモ」の場合は平均970万円くらい、「ギブリ」では平均は813万円くらいです。

継続車検を受けるのと愛車の買換え、どっちが有利?

★実は…車検をやめて「車を高く売る」方が得をする?

それ…実は正解の可能性が大きいです。 なぜならば、 車検前=車を高く売る最後のチャンス でもあるからです。

車検費用が高額ならば、むしろこれを機会に車を高く売ってみてはどうでしょうか?
車検が近付くタイミングは、多くの方にとって愛車を高く売って、新しい車を買い替える軍資金とできる絶交のタイミングでもあります。
勿論、 車検が切れる前のタイミングの方が買取相場価格はずっと高額になります。 

もし、愛車を高く売るなら業界最大手のユーカーパックがオススメです。

査定登録にかかる費用は一切無料で一括査定よりも高額提示(しかも営業電話攻撃がない!)
愛車に関する情報を入力するだけで、好きな中古車買取店舗から 最高査定価格 が算出されますので、損をしない比較検討が可能です。
入力はたったの数十秒程。それだけで愛車の最高査定相場を無料調査が可能です。

もちろん、日本全国どの地域も対応可能です(しかも輸入車買取にも強い!)。
さらに2000社以上がオークション方式で最高額を入札するので、一番得する売り方を選ぶことができる上に、何度試しても一括査定よりも高額売却額アップ事例が立て続けに出ています。

まずはご自身の愛車査定相場を調査した後、冷静に「売却か車検か」を選択してください。

  ※無料一括査定をしても必ず車を売却する義務はないので安心です。  

スポンサーリンク
 今の時期は車が高く売れますよ! 
 今の時期は車が高く売れますよ! 



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
 今の時期は車が高く売れますよ!